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住田圭一先生(虎の門病院分院腎センター内科)からのテネシー大学ヘルスサイエンスセンター 留学便り

住田圭一先生 (虎の門病院分院腎センター内科)
留学先:テネシー大学ヘルスサイエンスセンター(University of Tennessee Health Science Center: UTHSC)


テネシー大学ヘルスサイエンスセンター(University of Tennessee Health Science Center: UTHSC)腎臓内科の住田圭一と申します。まず初めに、このような留学記を寄稿する機会を与えていただき、日本腎臓学会、そして東京大学の稲城玲子先生にこの場を借りて感謝申し上げます。この留学記が、臨床疫学研究での留学をご検討されている先生方にとって少しでも参考になれば幸いです。

私は、虎の門病院分院腎センター内科の医員として在職中、2年間の海外留学の機会を得て、2015年4月から2017年3月まで米国テネシー州メンフィスにあるUTHSC腎臓内科のCsaba P. Kovesdy研究室に留学しておりました。留学を志した当初は、より系統的に臨床疫学・統計学を学びたいとの思いからジョンズホプキンス公衆衛生大学院(Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health: JHSPH)での公衆衛生修士号(Master of Public Health: MPH)取得を目指しておりましたが、幸運にもJHSPHの松下邦洋先生のご厚意でKovesdy教授をご紹介いただけることとなり、UTHSC腎臓内科の客員研究員としてKovesdy研究室へ留学することができました。なお、留学直前にJHSPHへ入学することもできたため、留学中にJHSPHのオンラインMPHコースを受講しMPHを取得しました。

UTHSCは、米国テネシー州西端に位置する同州最大都市(州都はナッシュビル)であるメンフィスにそのキャンパスを構えており、現在は医、歯、薬学部を含む6学部から構成されています。メンフィスと聞いてすぐにその場所や土地柄が頭に浮かぶ日本人は少ないと思われますが、小泉純一郎元首相がブッシュ元大統領とともに訪問した故エルビス・プレスリー邸宅(Graceland)がある都市、というと少し親近感を持っていただけるかもしれません。メンフィスの治安は決して良いとはいえませんが、ブルース発祥の地としても知られており、どこか陽気でのんびりとした雰囲気が漂っています。人口の6割以上を黒人が占め、地元の人々は"サザンアクセント"と呼ばれるアメリカ南部特有の訛りのある英語を話します(このため、一般的な英語でさえあまり得意でない私は、英語の聞き取りには大変苦労しました)。


UTHSC

UTHSC腎臓内科には、骨・ミネラル代謝異常に関連した基礎研究を主にご専門とされているL. Darryl Quarles主任教授の他に、教授が2名おられ、そのうちの1人が私のメンターであるKovesdy教授でした。Kovesdy教授はハンガリーのご出身で、医学部卒業後に渡米され、Henry Ford HospitalとJohns Hopkins Bayview Medical Centerでそれぞれ内科研修と腎臓内科フェローを修了されています。腎臓内科フェローの期間に臨床疫学研究のトレーニングを積まれ、以後、physician-scientistとして臨床疫学研究の分野で多くの素晴らしい研究成果を発表され、実臨床に直結したエビデンスの創生に貢献されています。なかでも、米国退役軍人病院の診療データを利用した腎臓内科領域の大規模観察研究ではその分野の第一人者といっても過言ではなく、数万人から数百万人のコホートを作成され、他施設との共同研究なども盛んに行っておられます。

米国退役軍人病院について聞き馴染みのない方も多いと思われますので、少しご紹介させていただきます。米国退役軍人病院はその名の通り、米国の退役軍人のための病院であり、米国退役軍人省の一部門である退役軍人保健局によって管轄されています。米国で最も規模の大きな医療システムで、全米中に約1,100の外来クリニックと、入院施設も備えた約170の医療センターが存在し、900万人以上の退役軍人(全軍人の約4割)がこの医療システムに加入しています。退役軍人病院の診療データは、local(各施設)、regional(21の地域)、national(全米)レベルの3段階で管理されており、退役軍人病院所属の研究者は、データ利用申請を行い倫理委員会の承認を受けることで、様々な診療データを研究目的で利用することが可能となっています。全体の9割以上を男性が占めるため、研究を行う際に外的妥当性の問題は残されますが、国レベルで統制された診療データとその規模から、これまでも退役軍人病院の診療データをもとに数多くの研究が行われ、重要な知見が報告されてきました。余談になりますが、この退役軍人病院のデータ利用のためには米国連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation: FBI)を通じたバックグラウンドチェック(犯罪歴の有無などの厳格な個人情報のチェック)が必須となっており、一般的に最終的なデータ利用許可が下りるまで数ヶ月の期間を要します。私の場合もご多分に漏れず、利用許可が下りたのは申請から約半年後でした。許可証ともいえるIDカードと引き換えに、アメリカ国旗の前で片手を上げ、事務の人に続いて(守秘義務順守などについて)宣誓の言葉を復唱させられたことは、今でも忘れられない思い出の一つとなっています。


メンフィス退役軍人医療センター

Kovesdy教授の研究グループには、3名の研究スタッフと、私を含めた留学生2名が在籍しており、時折、生物統計学の専門家や腎臓内科のスタッフやフェローなども研究に関わっていました。研究テーマは研究者によって様々でしたが、月2回のリサーチカンファレンスで各自の研究内容について発表し、お互いにフィードバックを得ながらチームで研究を進めていました。私自身は、主に2つのコホート研究に携わっていました。その1つはRacial and Cardiovascular Risk Anomalies in CKD (RCAV)という、2004年10月から2006年9月までに血清クレアチニン値が測定され、推定糸球体濾過量(estimated glomerular filtration rate: eGFR)が60 mL/min/1.73m2以上であった退役軍人(約350万例)を対象としたコホートで、もう1つはTransition of Care in Chronic Kidney Disease (TC-CKD)という、2007年10月から2011年9月までに末期腎不全のため透析導入となった退役軍人(約5万例)を対象としたコホートです。これら2つのコホートは、腎臓病領域において未だエビデンスが乏しいと考えられている、早期と進行期のCKD患者を対象としたもので、RCAVコホートでは、新規CKD発症に関連する危険因子の同定、TC-CKDコホートでは、透析導入後の予後に関連する透析導入前の危険因子の同定を、それぞれ主な目的として研究を立案、実行しておりました。解析なども主に個人で行うため苦労する部分もありましたが、Kovesdy教授との週1回のミーティングやリサーチカンファレンスの機会に、有益なフィードバックをいただくことで自身の研究プロジェクトを進めていくことができました。論文やrebuttal letterの書き方なども、共著者からの添削やコメントを通じて、多くを学べたと感じています。そのおかげで、留学期間中に10論文を筆頭著者として報告することができました。また、アメリカ腎臓学会での口頭発表や、米国透析データベース(the United States Renal Data System: USRDS)の委員会で発表する機会も得られました。一方で、腎臓内科医としての知識のアップデートのために、毎週火曜日の午前8時~9時に開催される、腎臓内科の朝カンファレンス(ミニレクチャーや腎病理カンファレンスなど)にも積極的に参加していました。研究から一歩離れて、米国の腎臓内科の先生方と臨床的なディスカッションを通じて交流を持てたことは、大変有意義であり、何よりとても楽しかったです。

私が留学中にもう一つの目的としておりました、JHSPHのMPHコースについても少し触れさせていただきたいと思います。JHSPHは、米国メリーランド州ボルチモアにある、1916年に創設された世界最古の公衆衛生大学院です。全米の数ある公衆衛生大学院の中で、Best Master's in Public Healthの第1位に毎年ランク付けされており、世界各国から優秀かつモチベーションの高い学生が集まってきます。JHSPHのMPHコースは大きくわけて2つのコースがあり、1つは実地(ボルチモアのキャンパス)で受講するフルタイムMPH(11ヵ月間で修了)、もう1つはインターネットを用い、遠隔地からの受講が可能なオンラインMPH(2~3年間で修了)です。私は留学中、UTHSCでの研究のためメンフィスに住んでいたこともあり、オンラインMPHコースを受講しました。卒業必須単位は合計80単位と他の公衆衛生大学院と比べ多めですが、履修可能な科目は多岐に渡り、必須科目である疫学、生物統計学、環境衛生学、社会・行動科学、健康教育学、医療政策に加え、生化学、分子微生物学・免疫学、国際保健など、幅広い分野の科目が選択可能でした。私が特に興味を持って受講したコースは、疫学と生物統計学の2コースでした。疫学では、臨床研究のデザイン、バイアスや交絡因子への対応、さらに論文の批判的吟味など、疫学に関する幅広い内容を学ぶことができ、一方の生物統計学では、具体的な統計解析の方法や、STATAという統計ソフトを用いたハンズオンセミナーなどを通じて、実在する臨床データの基礎的解析手法を習得することができました。これらの知識は、UTHSCで実際に臨床疫学研究を行う上でも大いに役に立ったように感じています。なお、卒業に必須の80単位中16単位は実地での受講が義務付けられていたため、私は留学中に数回ボルチモアのJHSPHキャンパスへも足を運びました。メンフィスという米国のやや内陸に住んでいた私としては、東海岸のボルチモアでの短期滞在は、海魚も含め色々と新鮮で、良い気分転換になりました。JHSPHは実践的な教育スタイルが特徴とされており、MPHコースでも、一つの研究プロジェクトを通した論文作成や口頭発表による単位取得が卒業に必須とされています。そのような中、CKDの国際共同研究であるCKD Prognosis Consortium(CKD-PC)を含めた臨床疫学研究の第一線でご活躍されている松下邦洋先生に、JHPSHでの指導教官として直接丁寧なご指導をいただけたことは、今後も臨床疫学研究を続けていく私にとって非常に大きな糧となりました。


JHSPHでの講義風景

振り返るとあっという間の2年間ではありましたが、米国で大規模データベースを利用した臨床疫学研究に携わり、MPHコースの受講と併せてそのノウハウを学べたことは、今後の臨床疫学研究を遂行していくうえで貴重な財産になったと感じています。私は、縁あってUTHSC腎臓内科教室のassociate professorとして facultyの一員となる機会を与えていただいたことから、2018年11月から再びメンフィスの地でKovesdy教授にご指導いただきながら研究生活を開始しています。今後は、自身のこれまでの臨床・研究経験を活かしつつ、他分野の研究者とも積極的に協力し、臨床現場に少しでも還元できるような研究を行っていきたいと考えております。研究室の規模はそれほど大きくありませんが、風通しの良い研究環境で、診療データベースを利用した臨床疫学研究に携わってみたいという方がおられましたら、留学先としてご考慮いただけたらと思います。メンフィスは西海岸や東海岸の大都市に比べ、生活費(特に家賃)が格段に安いというのは、一つのメリットかもしれません。

最後になりましたが、今回の留学の機会を与えてくださいました共済医学会、虎の門病院の大内尉義院長、腎センター内科の高市憲明部長、乳原善文部長、スタッフの先生方、Kovesdy教授をご紹介くださりJHSPHで指導教官としてご指導いただきました松下邦洋先生、筑波大学大学院の指導教官として留学中もご指導いただきました山縣邦弘先生、留学にあたってお世話になりました全ての方々に、この場を借りて深く感謝申し上げます。そして何より、メンフィスで生活を共にし常にサポートしてくれている妻と子供に、心から感謝します。この留学記がこれから留学を志す方々の一助となり、皆様の留学生活が有意義で楽しいものとなるようお祈り申し上げます。